大判例

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大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)5409号 判決

原告

玉置クニエ

代理人

松隈忠

被告

株式会社 播本電機製作所

被告

播本誠治

右両名代理人

得津正

主文

被告らは、各自原告に対し金九五八、〇四〇円及びこれに対する昭和四三年九月二〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを一〇分しその九を原告の負担としその余を被告らの負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

但し被告らがそれぞれ各金五〇万円の担保を供したときは、その被告は右仮執行を免れることができる。

事実

原告訴訟代理人は、被告らは各自原告に対し金九、五八一、〇六〇円及びこれに対する昭和四三年九月二〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告らの負担とする、との判決及び仮執行の宣言を求め、

その請求の原因として、

一、亡玉置純生は左の交通事故により後記のとおりの傷害を受け、その後死亡した。

とき 昭和四二年一二月二九日午後五時三〇分頃

ところ 東大阪市衣摺町一二七四番地先府道八尾線(アスファルト舗装)路上丁字型交差点

事故車 普通乗用車(大5ぬ第六六八一号)

被告誠治運転〔北西より南東へ直進中〕

被害車 亡純生運転貨物自動車〔事故車の前方進行〕

事故の態様 被害車が交差点横断中の車両待ちのため一旦停止しているところへ事故車が追突。

二、被告会社は事故車の所有者であり、被告誠治はその被用者であつて、被告会社の運転業務に従事し同会社の業務執行中、本件交通事故を惹起したものであるから、同会社は自動車損害賠償保障法(以下自賠法という)第三条または民法第七一五条により、また被告誠治は右事故における運転に当り前方注意義務懈怠の各過失があるので、民法第七〇九条により、それぞれ連帯して本件事故により生じた損害を賠償する義務がある。

三、ところで、亡純生は右事故により頸部挫傷の傷害を受け、事故当日から昭和四三年一月二三日まで入院治療、翌二四日から通院治療を受けていたが、頭部頸部痛、耳鳴、めまい、不眠、左尺骨神経領域のしびれ感、上腹部痛等の後遺症状に悩まされ、これら苦痛に堪えられず遂に同年二月一一日ガス自殺した。一般に頭部頸部等の部位に受傷した場合、右症状が発生し受傷者に多大の精神的肉体的苦痛、障害を与えるものであり、これに堪えられず自殺した亡純生の死亡は右事故によるもの(相当因果関係のあるもの)といわざるを得ないから、死亡を含む全損害について被告らは賠償しなければならない。

そして右のため、亡純生及び原告は次のとおり支出を余儀なくされ、得べかりし利益を失い、もしくは著しい精神的肉体的苦痛を味わわされ、以て同額もしくは相当額の損害を蒙つた。

(一)  入院雑費(亡純生) 二万円

(二)  通院交通費(同)五、〇〇〇円

(三)  得べかりし利益の喪失(同)

六、四五六、〇六〇円

亡純生は当時二〇才の健康な男子であつて、訴外旭化工産業株式会社に勤務する会社員で月収三七、五九〇円を得、生活費として毎月一万円を要したものであるが、平均余命49.24年の範囲内で少くとも三四年間は就労可能とみるべきであるから、同人は

(年実収) (ホフマン係数)

三三一、〇八〇円×一九、五=

六、四五六、〇六〇円

の得べかりし利益を失つた。

(四)  精神的肉体的苦痛に対する慰藉料

前掲各事実及び原告が昭和三六年夫死亡後亡純生を一人で養育したことなどの事情を綜合すれば、慰藉料としては、

(亡純生)一五〇万円

(原告)一五〇万円

を以て相当とする。

(五)  葬祭費(原告)一〇万円

以上合計 九、五八一、〇六〇円

四、亡純生は原告の実子であり、同人に配偶者及び子はなく、父(原告の夫)も既に死亡して現存しないので、原告は同人の死亡により単独の相続人となり、前記亡純生の全損害賠償請求権を相続により取得したが、被告らは右各損害については全くその支払いをしないので、被告らに対し右金員及びこれに対する昭和四三年九日二〇日(本訴送達の翌日)から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の連帯支払いを求めるため本訴に及ぶ。

と述べ、

被告ら訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、答弁として、

一、請求の原因第一項及び第二項の各事実は全部認める。但し、事故の態様及び被告誠治の過失については、以下に述べるとおりであるからこれに反する部分は争う。

即ち当時、本件道路は数百米に及ぶ交通渋滞の状態にあつたため、被害車と事故車との車間距離は約二米程度しか保てなかつた上、時速も二〇粁程度に止まつていたところ、被害車が急停車したので追突するに至つたものである。

二、同第三項の事実中、受傷の部位及び入、通院治療を受けていたこと並びに自殺したこと、年令、勤務先についてはその主張のとおり認めるが、その余の点は争う、殊に前記事故態様に照し受傷の程度は軽微であつたのであり、死亡との間の因果関係は存し得べくもないから強く否認する。

三、同第四項の事実は認める。

と述べ、

証拠〈省略〉

理由

請求の原因事実は、第一、第二項及び第四項については、原告主張のとおり(但し過失の内容については争いがある)、当事者間に争いがない。そして証人寺上重義の証言及び被告誠治本人尋問の結果によれば、右争いの存する過失内容の部分については、ほぼ被告らの主張するとおり(なお被害車が停車したのは交差点左道路から右折進入した自動車があつて被害車の進路を妨げたためであることをも)認めることができ、右認定を左右するに足る証拠は存しないけれども、右事実によれば、被告誠治は車間距離を適当に保持し、前車の動静によつては直ちに停止して追突などの事故を防止すべき注意義務に違背した過失が存することは明らかであるから、以上によれば被告らは(被告会社は自賠法第三条、被告誠治は民法第七〇九条により)本件交通事故により生じた損害についてこれを連帯して賠償すべき義務があるものといわなければならない。

(損害)

そこで進んで本件事故により生じた損害について考えることとするが、本件における主要な(且殆んど唯一の)争点は、亡純生の死亡が本件交通事故と因果関係ありや否やの点にあるので、まずこの点について考えることとする。

〈証拠〉を綜合すれば、

亡純生は、右交通事故により頭部、頸部挫傷の傷害を受け、事故当日から昭和四三年一月二三日まで(二六日間)入院治療、翌二四日から通院治療を受けていたこと(これらの点については当事者間に争いがない)、同年二月一〇現在における後遺症状として頭痛、頸部痛、耳鳴眩暈、不眠、左尺骨神経領域のしびれ感、上腹部痛を残し、尚少くとも二ヶ月間の加療を要するものと見込まれていたこと、

亡純生は昭和二二年一月一六日生、死亡当時満二〇才の独身男子であつて(この点当事者間に争いがない)、幼くして父死亡のため母である原告の手で育てられ、中学校卒業後、布施市、奈良県の各工場勤めを経て現職である旭化工産業株式会社に勤務し、同会社の寮に住込就労していたこと、勤務振りは比較的真面目で交遊関係も狭く、勝負事や遊びも余りせず、金銭的に困窮している様子もなく、また女性問題など私事で特に悩んでいたといつた事情も存しなかつたこと、性格的にはやや内気で少し弱い面もみられたが、身体は健康で従来大病をしたこともなく、また家族に精神病系などの遺伝性の血統もみられないこと、

亡純生は退院後も前記後遺症状に悩まされ、かなり気にして近親者に電話などでその旨数回話をしており、歩行もときとして完全でないため通院(前後九回)にタクシーを利用して治療に努めていたが、レントゲン検査の結果如何によつては再入院の意向をももつていたところ、その検査結果も良好で二月九日通院治療を受けた際には、試験的に少し働き始めて様子をみるよう勧告を受けた模様であること、そして同日頃被告会社方へ本件事故の示談交渉のため勤務先社長、同営業部長吉村、同乗者寺上重義(同人も受傷し、五〜六回通院治療を受けた)及び亡純生が出向き、被告会社工場長浜口及び訴外尾西恒治と話合つたが、その際話合は主として吉村らと尾西らとの間で物損(自動車の破損)の賠償のことが交渉されたのみで、亡純生は殆んど発言せず、通院している旨を話したのみで特にこれといつた話題にもならなかつたこと、

その翌々日(二月一一日)突如亡純生はガス管を口にくわえて自殺した(この点は当事者間に争いがない)が、特に遺書とか書置きとかいつたものは見当らず、僅かに同人のポケット用手帳に一月一日以降自殺の前日までの経過が毎日(但し用紙の形式、余白の関係で各日とも一〜二行程度の極めて簡潔なもの)記載されてあつたのに止まること、右記載をみると「頭痛、しびれ」、「不眠」の字句が極めて頻繁に表われており、同人がこれらのことを相当深刻に気にしていたことが窺われること、

近親者、友人その他の関係にとつても、同人の自殺は一様に意外なこととして受取られており、自殺の原因についてもこれといつて思い当るものはなく、近親者としては以上の事情から本件事故、就中後遺症による苦痛の他にはないものと考えていること、

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実によれば、亡純生は極めて深刻に後遺症に悩み、その苦痛、障害を甚大なものとして感じその前途を悲観するの余り遂に自殺にまで至つたものと推認されるが、他面右後遺症を客観的にみれば、レントゲン検査等によつても特に指摘される異常も存しなかつた模様であつて、症状として極めて重症なものとは到底認め難く、せいぜい局部に神経状を残すものもしくは局部に頑固な神経症状を残すものとして自賠法施行令別表一二級乃至一四級該当に止まるものというべく、その他前記認定の各事実を綜合すれば、その後遺症が死に勝り乃至はこれに匹敵する程度のものであつて、病者をして生存の望みを絶たしめる程重大且切迫したものとは到底認めることができないものといわなければならない。

このようにみると、亡純生が主観的に極度に深刻に悩み且苦痛、障害を感じたとしても、それは本病に特有する神経的作用、心因性によつて加重された面と、亡純生自身のもつ性格上の弱さとが相まつて、更には周囲に指導や助言をする適当な人がいないことによる孤独のための圧迫感がこれを助長し、加速度的に苦悩、苦痛を増大して前途の悲観をつのらせ、自らの命を絶つに至つたものとみることが相当であつて、他方同種の病状で本件より遙かに重症であり乍ら、その治療、社会復帰を目指し非常な苦痛を忍びつつ絶大な努力をしている事例が多数存することは当裁判所に顕著な事実であり、彼比較量して考えると、本件事故と亡純生の死亡の間に、条件関係を認めることはできても、相当因果関係あるものと認めることはできない。

ところで、一般に第一の事故(本件についてこれをみれば前記交通事故)と第二の事故乃至事件(本件についてこれをみれば自殺)が存し、それにより死亡の事実が発生した場合、第一の事故と第二の事故との間に相当因果関係が認められれば、第一事故の加害者は死亡に伴う全損害を賠償すべき責任を免れないものというべきである(但し第二の事故が、本件の如く自殺など被害者の加功によるときは過失相殺の法理乃至精神を適用して賠償すべき損害額の調整をはかるべきであろう)が、相当因果関係の認められない場合においては、第一事故による損害はその加害者、第二事故による損害はその加害者のみがそれぞれこれを賠償すべき責任を負うものというべきであり、そしてこのうち第二事故との間に条件関係の存する場合、加害者は第一事故による全損害(即ち死亡なかりせば存すべかりし全部の損害)を賠償しなければならないものと解することが相当である。(拡大した損害部分について責任を負わせることはできないが本来存すべき損害についてまで免れるものとすることは不当である。)(条件関係すら存しないような場合にあつては、死亡のときまでの損害を以て打切るべきものとされることが多かろう。)

これを本件についてみれば、前記認定のとおり事故による受傷と死亡との間に条件関係が認められるに止まり、相当因果関係を認めることはできないのであるから、被告らは亡純生の本件受傷に伴う全損害についてはこれを賠償すべき責任を負うが、死亡による損害については賠償する責を負わしめることはできないものといわなければならない。

そこで右受傷に伴い出費を余儀なくされ、得べかりし利益を失い、もしくは肉体的精神的苦痛を味わい、よつて亡純生の蒙つた損害について考えるのに、

前記認定の各事実の他、

〈証拠〉を綜合すれば、

亡純生は、右受傷により、

一、入院雑費 七、八〇〇円

三〇〇円×二六=七、八〇〇円

二、通院交通費 三、二四〇円

三六〇円×九=三、二四〇円

三、得べかりし利益の喪失

一四七、〇〇〇円

(35,000円×3)+

(35,000円×12×

0.05×2)=147,000円

四、慰藉料 八〇万円

前掲各事情、就中主観的な一面が強いとはいえ亡純生の味わつた苦痛が非常に甚大であつたことを考慮すれば慰藉料は金八〇万円とすることが相当である。

合計 九五八、〇四〇円

相当の損害を蒙つたことが認められる。(右認定事実を左右するに足る証拠はない。)

そして以上の事実に照せば、生命侵害に比すべき強度の侵害には当らないものと認めるべきであるから、原告が近親者として固有の慰藉料を請求することは許されないものといわなければならない。

そうすると、原告の相続の点につき当事者間に争いのない本件では、原告の本訴請求は亡純生の取得した前掲金員及びこれに対する原告主張の趣旨のとおりの遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(前記慰藉料請求権についても当然相続人たる原告が承継取得するものと解することが相当である。)からこれを認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行及びその免脱の各宣言について同法第一九六条を各適用し、よつて主文のとおり判決する。

(寺本嘉弘)

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